About
由緒

ご挨拶

一六二一年(元和七年)に龍原寺が創建して以来、四〇〇年という時が流れました。幾多のあらゆる時代を経て、人々の暮らしも変わり続けています。しかし人々が幸せを求め、平和を願う心は、いつの時代も変わることはありません。変わり続ける世の中にあって変わることのない、この地で暮らす人々の心を拠り所として、当寺院はこの地に在り続けてまりいました。現代においては、小さなお寺のお祭りや催しは希少なものかもしれませんが、自分が今日あることを感謝しご先祖様に手を合わせ、地域の人々と触れ合い、皆で平和を願う安らかなひとときは、心の温もりを感じられるとても尊いものです。

御本尊・阿弥陀如来の下、檀信徒各家関係の方々の極楽往生を共に願い、一年の様々な催しを通して地域の人々と関わり合い、人生の節目においては悲しみや喜びを共にいたします。時代は様々に変化いたしますが、私たちはこれからもこの地で皆様と共にあり続けたいと願っています。

  • 第三十世住職 宮坂直樹
  • 第二十九世先代住職 前田孝雄

略歴

第三十世 住職

宮坂直樹

Jikiju Miyasaka

昭和47(1972)年生
早稲田大学大学院教育学研究科修士課程修了
大学卒業以来30年にわたり教職にも就く(早稲田中・高等学校、早稲田大学、芝中・高等学校を経て、現在は淑徳与野中・高等学校特任講師)

  • 平成13(2001)年12月

    大本山増上寺・傳宗傳戒道場にて浄土宗僧侶の資格を取得

  • 平成14(2002)年6月

    龍原寺副住職

  • 平成19(2007)年11月

    大本山増上寺・璽書伝授道場成満

  • 令和4(2022)年5月

    東京教区芝組 通元院住職

  • 令和7(2025)年1月

    龍原寺住職

過去の主な宗内役職

  • 大本山増上寺 少僧都養成講座 / 教師養成道場 / 傳宗傳戒道場 / 法式修練道場 専任指導員
  • 大本山光明寺 尼僧道 専任指導員
  • 浄土宗復興委員会委員 / 浄土宗社会福祉推進委員会委員
  • 東京教区布教師会運営委員長
  • 東京教区教宣師会会長(初代・2代目)

現在の主な宗内役職

  • 大本山増上寺 璽書伝授道場 / 法式教室 専任指導員
  • 浄土宗総合研究所研究員(平成22年より、それ以前は研究スタッフとして勤務)
    (所属研究班=宗立宗門学校における仏教教育研究班(主務)/ 次世代継承に関する研究班 / 浄土宗寺院における対人支援の研究―開く対話と場づくりの指針―研究班 / 浄土宗の平等思想とLGBTQ研究班)
  •                      
  • 東京教区新任教師の育成を考える委員会 副委員長
  • 東京教区布教師会主事
  • 学校法人智香寺学園(埼玉工業大学・正智深谷高等学校)評議員
  • 公益財団法人 三康文化研究所 評議員 他

第二十九世 先代住職

前田孝雄

Koyu Maeda

  • 昭和16(1941)年生
  • 早稲田大学文学部東洋哲学科卒業後、大正大学大学院浄土学研究室にて修士課程修了
  • 昭和40(1965)年3月 大本山増上寺・傳宗傳戒道場にて浄土宗僧侶の資格を取得

  • 龍原寺においては父・前田成孝(じょうこう)の遷化に伴い、昭和55年2月29日に住職就任。
    その後昭和59年より大本山増上寺に勤務。平成13年からは執事として奉職。
    平成24年7月、28年強勤務した増上寺を辞め、その後は顧問を勤める。

縁起

芝三田二本榎高輪邉繪圖 安政四年(1857年)| 国際日本文化研究センター所蔵

浄土宗には全国に三つの「りゅうげんじ」があります。武州駒込の出身で岩槻浄国寺にて修行なさった路廓上人は慶長5(1600)年、関が原の戦いの年、豊後(現在の大分県)臼杵に行かれたそうです。当時臼杵5万石の藩主であった稲葉貞通は、龍ヶ淵という地をうめて一宇を建立した際、帰依していた路廓上人を招請して開山上人とされました。これが臼杵の龍原寺さんです。
その後山城(京都府)に移った路廓上人は、信者の要請によって伏見に一宇を建立し、臼杵と同じ「龍源寺」と名づけたのです。このとき元和4(1618)年。
さらに江戸に移られた後の元和7(1621)年、八丁堀に建立されたのが当山・永昌山称名院龍原寺です。
慶長16(1611)年8月に幕府の命令により寺地とされた八丁堀は寺院の建立が相次ぎ、60にも及ぶ寺院が軒を連ねる一大寺町となっていました。ところが寛永12(1635)年、江戸城の拡張に伴い八丁堀が市街邸宅地に指定されると、建立間もない寺院は芝と浅草に移動を命じられます。龍原寺の移転は周辺の諸寺院の中でも遅く、寛文5(1665)年・創建44年にして現在の地である三田へと移りました。残念ながら記録の焼失により、八丁堀当時の龍原寺の規模や発展の様子は今となってはわかりません。
八丁堀の地での44年、三田の地での360年の時を流れの中で、多くの檀信徒の方々の信仰と30代に渡る住職の護寺により現在にいたっております。

  • 慶長5(1600)年

    豊後(大分県)に路廓上人を招請して開山上人とされる

  • 元和4(1618)年

    伏見(京都府)に一宇を建立し臼杵と同じ「龍源寺」と名づける

  • 元和7(1621)年

    八丁堀(東京都)永昌山称名院龍原寺に建立

  • 寛文5(1665)年

    江戸城の拡張に伴い、当地港区三田に遷座